がんばれ ニッポン !!
2008 / 08 / 14 ( Thu )
北京オリンピックも7日目に入りました。

涙腺が緩々(ユルユル)になってしまった私は

日本代表選手や各国選手の熱い闘いに

連日、ウルウル・・、号泣・・・しております。



北島選手のインタビューを見る度に何度も泣きましたし

谷本選手の決勝1本が決まった時は身体が一緒に動いていましたし

表彰台の選手と共に『君が代』を聞いては涙ぐんで・・・

ニューヒロイン『スエマエ』ペアが中国ペアに勝った時は号泣してしまいした。


金銀銅のメダルを掛けて晴れやかな選手を観ていると

「よかったね」と喜び、

表彰台を逃した選手にも「オリンピックに出場すること自体が凄いぞぉ」

とエールを送ったり

年と共にやや感情の起伏が大きくなりつつある私にとっては

つらい期間です。


ところで、その金・銀・銅のメダルのおかげで思わぬ恩恵にあずかっています。

すぐ近くにある、スーパー銭湯(クアハウス)が 「オリンピック応援キャンペーン」

を実施していたのです。

会員(名誉ではありません)である私の携帯に「谷選手メダル獲得!只今より入浴料半額!」のメールが送られてきました。







さらに「金なら500円、銀なら300円、銅なら100円 の金券プレゼント!」

メダルが複数の場合は合計の金券をゲットできるという

お風呂好きの私にとっては大判振る舞いの企画!!

北島選手の金メダルの時は、入浴料800円が半額の400円に

さらに500円の金券をいただいて+100円!!



我が家にもいた 『チビ康介』

毎年恒例の『民夫くんプール開き』を行いました。



世界新記録 チョー気持ちいい〜!!


今年はウォータスライダーが増設され民夫君はご機嫌です。



ブクブクブク・・・手前がウォータースライダー

シュノーケルも上手になりました


今年も唇が紫色に変色して、歯がガチガチなるまで遊んでいました。


先日来、体調を崩していた はなちゃん。



しんどそうな表情を見るのは辛いです・・・


多くのお友達や可愛がっていただいている方々から

ご心配と温かい励ましをいただきまして本当にありがとうございました。


顔は斜め45°(同じ名前で好きな芸人がいます)くらい傾いて

ヨロヨロしていましたが、お薬が効いて回復してきました。

本調子ではありませんが、傾きもほぼ直ってきています。


少しずつ元気になってきています



痩せてしまいました


ただ、体力がガタッと落ちたようで若干フラフラしています。


はなちゃんの元気がないとガールズも少し気落ちしているように思います。



はなちゃん元気になってね




いつも優しいはなちゃん元気になってね



はなちゃん元気になって一緒に遊ぼう



涼しくなったら徐々に軽く運動して


必ず復活してくれるはずです。



 愛しくて愛しくてたまりません




日常 | トラックバック(3) | コメント(1) | page top↑
はなちゃん14才のお誕生日 と 母のこと
2008 / 08 / 03 ( Sun )
はなちゃん今日で14才になりました。






はなちゃんは今から約13年前に大阪と京都の府境で保護されました。

私が、はなちゃんと出合った経緯はご存知の方もいらっしゃいますが

今一度、自分自身でも振り返りながら少し書いてみます。








保護された駐在所のお巡りさんが本署を通じ、近畿各府県の猟友会に

写真入で何度も照会をされましたが、反応はありませんでした。


当時、私の職場は大阪北部の山中にありました。

その頃は、繁殖使役後山中に放置されていたラブラドールレトリバー

(ファルコンと名付けていました)

の老犬を保護して職場で世話をし始めたところでした。

何度も出産を経験したそのラブは可愛い仔で、とっても優しい目をしていました。


12月24日クリスマスイブの日、

ママに「今夜、ファルコンを連れて帰って来るよ、そして我が家に

迎えるからね」と言い出かけました。


しかし、職場に着くと『ファルコン』の姿が見えません、捜しました。

一生懸命捜しました、でも見つかりませんでした。

すぐに居なくなった理由が解りました。事情を知らない出入りの工事関係者が

前日、車に乗せて大阪と京都の府境に放置したということでした。

それから毎日、毎日、置き去りにされた集落付近を捜索しました。

正直、仕事も手に付かず、寒い冬の山間部を捜し続けました。

地元のみなさんにも情報をお願いし捜索範囲もどんどん広くなりました。

情報が寄せられる事もあり、何度も駆けつけましたがファルコンではありませんでした。

2ヶ月が経ち、この寒空の外では生きていける可能性も無く、何処かで優しい方に保護されて

穏やかな日々を送っていて欲しいと願うばかりでした。

そんな時、たしか2月の下旬です。

ファルコンの情報をお願いした方から「捜していたワンちゃんは見つかりましたか?今、駐在所に

猟犬らしい若いメスのポインターが保護されていて、期限が来れば・・・・ 

一度会って見てください」とお電話をいただきました。

私はファルコンが忘れられず、しかもポインターは猟犬=気性が強いという

勝手なイメージを抱いていました。

「ポンターですか、私には無理です。どなたか他の方にお声をかけてください」と返事しました。

しかし何故かその『若いポインター』が気になり、職場の仲間に話をすると

「それはきっとファルコンからのメッセージですよ、一度会いに行って来てはどうですか」

と言ってくれました。

翌日、その駐在所に連絡をすると優しそうな声のお巡りさんが

「まだ居りますので是非会ってやってください」とのことでした。

その日は冬の雨が激しく降っていました。仕事を終えて暗い山道を越えて駐在所に着くと

イメージ通りの優しくてニコニコ笑顔の駐在さんが迎えてくださいました。

私は名前と自身の素性を話して、ファルコンのことも説明しました。

駐在さんは「あなたにポインターを是非預けたい、もうすぐ定年で駐在を離れ郷里に帰ります

此処には過去に保護した犬が3頭いてこれ以上は連れていけない・・・」と言われました。

そして「お〜い」と声をかけると、待ち構えていたように優しいお顔の奥様が出て来られました。

その奥様の左側をきちっと脚側している 痩せた若いメスのこげ茶のポインターがいました。

その仔を見た私は、猟犬=恐いなどというイメージを抱いていたことを間違いだと

気づきました。

これからの自分の先行きを案じているようで不安そうな目はしているけど、穏やかな優しさが

身体全体から感じることができました。

駐在さんの話では

1月初め頃から山でウロウロし始め、食べ物を探して民家に近づいては石を投げられたり

棒で追い払われたり、農作業小屋で寝て寒さを凌いだり、川の水を飲んだりしていました。

2月の中旬頃に住民から捕獲の要請があり駐在さんが出向くと、自ら着いて来たということ

でした。

お話を伺いながら、私はこの痩せた若いポインターをじっーと見つめていました。

「よし、この仔を引き受けよう、ポインターを育てた経験はないけど連れて帰ろう」

と決心するまでそんなに時間は必要ありませんでした。

優しく保護していただいた駐在さんご夫婦と別れを惜しんだポインターは奥様に抱えられて

助手席に乗せられました。

「この仔をよろしくお願いします・・・」奥様の言葉が胸に迫ったことを憶えています。

帰路の車中、雨の打つ助手席の窓を身動きもせず不安げにじーっと見つめて「フゥー」と大きな

ため息をついていました。

「よっしゃー、これからお前を幸せにしてやるからな、まかせとけよ」

あれから13年、「はな」と名づけたジャーマンショートヘアードポインターに

私たちがいっぱい幸せにしてもらいました。

ファルコンに二度と会うことは出来ませんでしたが、「はな」という宝物に出会うことができました。

きっとファルコンが引き合わせてくれたのだと思っています。

あの時、老犬だったファルコンはもうお星様になっていることでしょう

「ありがとうファルコン」


数年前、駐在所の所轄本署に問い合わせて、あの優しい駐在さんご夫婦が

定年後四国にいらっしゃることがわかりました。

長年気になっていた私は、はなちゃんの写真を添えて感謝のお手紙を差し上げました。

フリスビー大会で優勝したこと、カヌーで遊んでいること、マラソン犬になったこと、

みんなに愛されていること・・・いっぱい書きました。

すぐにご返事をいただき、はなちゃんのことをよく憶えていらっしゃって、とっても

懐かしんでいただき幸せに暮らしていることを喜ばれていました。

結びにあの時、雨の中を引き取りに来てくれたことのお礼も書かれていました。


私の母は犬が恐くて傍には決して近寄らない人でした。その母がはなちゃんだけはとても可愛がって

いました。犬を家に上げる事などとんでもない、という人だったのにはなちゃんだけは

傍に置いて可愛がってくれました。

その母の誕生日が8月3日でした。はなちゃんは私の母から誕生日を譲り受けています。


その母も数年前に逝きました。最後の場所だった病室から見えるところに何度もはなちゃんを連れて

行きました。嬉しそうに手を振る母の姿が思い出されます。

母が亡くなる3日前の深夜、毎夜付き添っていた私を起こして痛みに耐えながら

母が話し始めました。

母の背中を擦る私に、子供達や孫に其々への言葉を託し、私は片手で書きとめました。

そして最後に私への言葉の後

「銀(しろがね)も金(くがね)も玉も何せむに勝れる宝子に及(し)かめやも」

と万葉集にある山上憶良の歌を読んでくれました。

優しかった母の誕生日を受け継いでくれた はなちゃんいつまでも元気で私の傍にいて

もっともっと幸せな時を一緒に過ごせるよう・・・・願うばかりです。



今回は、はなちゃんとの出会いのことと、はなちゃんに誕生日をプレゼントしてくれた

母の想い出を書いてみました。

長々、だらだらとした日記にお付き合いいただきましてありがとうございました。








1週間ほど前から身体が左に傾きだしたはなちゃん、昨日病院へ行ってきました。

外耳から内耳にかけて炎症があり、その影響で三半規管の調子が悪くなっているか、

または昨年脳梗塞(脳腫瘍かもと言われ?)を起こしたことの続きで脳から三半規管への

圧迫によるものか解らないけど、どちらかが原因だそうです。

投薬と耳中洗浄で様子をみることに・・・

心配です

                               はなパパ

日常 | トラックバック(0) | コメント(6) | page top↑
| ホーム |